電気計測器 ヒストリカル エピソード

第7話  L、C、R測定用ブリッジとポテンショメータの歴史
= オームの法則とその発見にまつわるエピソード =

回路素子であるコイル(L)、コンデンサ(C)、抵抗(R)を測る計測用ブリッジ(電橋)と直流電圧を測定するポテンショメータ(電位差計)はいずれも1840年前後に相次いで基本原理が確立された。 その根源をなすものは1827年、ドイツの物理学者ゲオルグ・オーム(Georg Simon Ohm  1789 - 1854 ) が発見した「電流は電圧に比例し、電気抵抗に反比例する」という、電気工学上最も有名なオームの法則である。

ミュンヘン工科大学にある
オームの記念像

実はこのオームの法則、最初に発見したのはヘンリー・キャベンディッシュ( Henry Cavendish 1731 - 1810 )いうイギリスの化学者・物理学者で、オームが発表する凡そ100年も前の1781年のことといわれている。 しかし、キャベンディッシュ はその発見を存命中には公表しなかったため、彼の発見が明らかとなったのは死後70年ほど経った1879年のことであった。

オームの法則は発表当初、ドイツ国内ではその重要性が認められなかったが、1841年 オームに対して英国 王立協会がコプリ・メダル( 1731年、英国 王立協会によって創設された科学業績に対して贈られる最も歴史の古い賞 )を授与したことでようやく認められ、1952年にはミュンヘン大学の実験物理の教授となった。


電気抵抗の国際単位として用いられているオーム「Ω」は、本来ならオーム(Ohm)の頭文字「O」を取るべきであるが、Oは0(ゼロ)と混同されやすいためギリシャ文字のΩに統一された。


ホイートストン卿( 1802 - 1875)

抵抗測定に用いられるホイートストン・ブリッジはもともと鉄道沿線に架設した電信用線路の抵抗測定を目的として考案されたもので、1833年、サミエル・ハンター・クリスティ(S. H. Christi 1784 ? 1865)によって基本回路が考案され、1843年、イギリスの物理学者チャールズ・ホイートストン卿( Sir Charles Wheatostone  1802 - 1875 )によって改良のうえ実用化された。

当時、電信の試験技師でもあったホイートストンは、ガルバノメータや電池を接続してほぼ現在のブリッジに相当する抵抗バランス器具を試作、オームの法則より導かれた回路抵抗が目的とする測定対象と一致することを学会に発表した。この論文内容には実験に使用した具体的な器具名や性能についても言及されており、極めて実用性の高いものであったため、以降この方法をホイートストン・ブリッジ法と呼ぶようになった。


ホイートストンの自作ブリッジ
Leeds and Northrupオリジナルモデル(1907年)

現在のホイートストン・ブリッジとほぼ同型となる
初期のLeeds and Northrup (1927年モデル)
初期の国産ホイートストンブリッジ
金メッキが施された端子部分と重厚な木箱
が印象的(1920年代 横河電機製)

携帯用ホイートストンブリッジ
マーレ・バーレ機能付

ホイートストン・ブリッジは回路電源にバッテリー、ヌル検出にガルバノメータを使用した直流ブリッジであるため、もっぱら直流抵抗の専用測定器として用いられた。 しかし1930年代以降、エレクトロニクス産業が拡大するにつれて交流抵抗の測定に対する重要性が高まり、バッテリーの代わりに可聴周波発振器、ガルバの代わりにレシーバなどを使用した交流ブリッジが登場、インピーダンス・ブリッジ、万能ブリッジ等の名称で商品化された。 さらに、コンデンサの容量測定を中心としたキャパシタンス・ ブリッジなどホイートストン・ブリッジを応用した各種ブリッジが実用化され、交流の回路要素であるL、C、Rの測定法として定着した。

1960年-1970年代にかけて全国の電子部品工場で使用された万能ブリッジ(左)
とキャパシタンスブリッジ(右)
いずれも Y-hp(現アジレントテクノロジー)製
ポッゲンドルフ(1796-1877)

一方、ポテンショメータについては1841年、ドイツの物理学者ポッゲンドルフ(Johann Christian Poggendorff 1796-1877)がヌルバランス方式による電圧測定法の基本概念について発表、その後、ドイツのレモンやオランダのポーシャ等によって改良が重ねられ、1800年代後半から1900年代初頭にかけて現在のような電位差計の基礎が完成した。

初期のポテンショメータ(直流電位差計)
左:ドイツOtto Wolff 1900年頃、 右:アメリカLeeds and Northrup 1922年

初期の国産ポテンショメータ
Otto Wolffと同様、露出型の接点部分と全体を
上質木箱に収容した外観は、計測器というより
芸術品と呼ぶに相応しい(横河電機 1920年代製)
熱電対の熱起電力を測定する温度測定用
ポテンショメータ(島津製作所 1960年代製)

我国における直流電位差計やブリッジの歴史は、1921年、横河電機が精密級ホイートストン・ブリッジを商品化したのが始まりとみられ、その5年後の1926年には電位差計が商品化されている。 さらに1930年代以降は海外と同様、交流ブリッジの需要が高まり、ダブル・ブリッジ、シェーリング・ブリッジ、コールラウシュ・ブリッジ、万能ブリッジなど特徴のあるブリッジが次々と開発され、1940年代後半から1960年代にかけて計測器の主流をなすまでに発展した。

さらに1960年代以降、アナログブリッジの高速化、自動化などが急速に進められた結果、その多くはディジタル・ブリッジにバトンタッチされ発展的に寿命を終えたが、一部の商品は現在でも学校や研究機関向けに生産され、歴史を保っている。 年配者には忘れがたい一品であろう。


(2011/6/1掲載)
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