電気計測器 ヒストリカル エピソード

第5話  19世紀最大の実験科学者ファラデーとクランプテスタ
= 老若男女を魅了したクリスマス講義とロウソクの科学 =

クランプテスタは電路を切断せずに電流測定ができる大変使い勝手の良い測定器である。 そのため、商品化以来わずか50数年の短い歴史にも拘わらず、今日、現場作業における第一級の重要計測器として幅広い用途に使用されている。 その基本原理は19世紀の中頃、英国の実験科学者マイケル・ファラデー(Michael Faraday 1791-1867)の電磁誘導の発見に遡る。


ファラデー (1791-1867)

ファラデーの誘導コイル

ロウソクの科学初版題字

ファラデーはロンドンの下町の貧しい鍛冶屋の倅で、早くから家事を手伝い、少年時代には近くの製本工場に丁稚奉公しなければならないほど極貧の日々であった。

 しかし彼の知識欲は極めて旺盛なものがあり、仕事場にあった製本途中の科学本を片っ端から読み漁り、当時の自然界や科学界の最新情報を覚えていったという。 不明なことは一つひとつ、コツコツと実験を積み重ね、時には徹夜をしながら驚くほどのスピードで知識の吸収に努めていった。

そして21才になる1812年、未だ身分制度の著しかったイギリスにあって、英国王立研究所の実験助手に推挙されたのである。


研究環境の整ったファラデーは、その後次々と新しい発見を発表、遂に1831年、電気磁気学最大の発見といわれる「電磁誘導の法則 (The Law of electromagnetic induction) 」の発見に成功した。

この時、ファラデーは既に英国王立研究所の重要な一員として、理化学分野でその名声を轟かせていたが、彼は高度な専門研究を行う傍ら、自ら発見した新しい科学知識の普及にも大変熱心で、少年少女を含む一般の人達に対して実験付きの分り易い講義(クリスマス時期に行われていたのでクリスマス講義と呼ばれていた)を行っていた。

有名な「ロウソクの科学( 原題 The Chemical History of A Candle )」はその時の講義テーマの一つで、1860年のクリスマスに講演した6回分の講座を英国の物理学者、化学者のウイリアム・クルックス(Sir William Crookes 1832 - 1919 タリウムを発見し原子量を測定。クルックス管を発明して、陰極線が電気的な微粒子であることを証明した)が記録、編集したもの。

ロウソクを題材に燃焼時における様々な物理的、化学的な現象を幅広い視点で解説したもので、第6講には日本のロウソク(装飾蝋燭)にも触れ、当時文化の最先端にあったフランスのものより華やかな装飾が施されていること、また、芯が中空になっており、これがアルガンのランプの改良につながったことなどを親しみを込めて紹介している。

ファラデーの研究室

クリスマス講義の風景(1856年)
 

19世紀最大の発見と称される電磁誘導の原理は、その後発電機、変圧器といった基幹電気機械を生み出す切っ掛けとなり、今日我々が享受している電化文明の礎となるのだが、当初は誰もそんな大発見とは気付かなかった。

これについて次のようなエピソードが残っている。 彼が前述のクリスマス講義を行っていたところ、この講義に参加していた一人の聴衆が、「磁石を使ってほんの一瞬電気を流したところでそれが一体何の役にたつというのですか?」と少し皮肉を込めて質問した。 敬虔なクリスチャンであり、人間的にもすぐれていた彼はその質問を真摯に、かつ礼儀正しく受け止め、「生まれたばかりの赤ん坊は無限の可能性を秘めています。その子が将来何の役に立つかなんて、この中の一体誰が言い当てられましょうか」と答え、満場の共感を得たと言われている。

1862年、71才になったファラデーは最後の講演を果たし、万雷の拍手に送られて王立研究所を去った。 時の英国王ヴィクトリア女王はハンプトンコートにある王室所有の邸宅をファラデーに提供、晩年、彼はこの家でゆっくりした余生を過ごし、1967年8月25日、自宅の揺り椅子に腰掛けたまま眠るようにして76年の生涯を閉じた。

不世出の大科学者の脳裏を去来したものは何か、おそらく講話の最後に青少年へ語りかけた

「諸君の生命が長くロウソクのように続いて、その炎の美しい明るさの如く輝き、世界人類の福祉に全生命を捧げられんことを希望する・・・・」

だったかも知れない。

このロウソクの科学は、その後世界各国の言語に翻訳され、150年以上経った今日、科学の面白さ、底の深さのみならず、青少年の行動規範を示すものとして今なお新鮮に生き続け、全世界の青少年を魅了してやむことがない。


電気容量の単位ファラッド( Farad;F )は彼のそうした功績を称えて制定されたものである。


日本語版ローソクの科学(旧版と新版 ともに岩波出版)、第1講冒頭の書出しと第6講(最終講)の最後の1節

電気計測器への応用については、1900年初頭に開発された計器用変成器(所謂CT= Current Transformer、PT=Potential Transformer)に始まり、その後分割型CTの実用化を経て現在のような開閉自在のクランプテスタ(Clamp‐on Tester)へと進化してきた。 しかしその道程は前節の回路計に比較すると格段に長い時間を要している。

初期のクランプテスタ
(共立電気計器株式会社製)

最初のクランプメータが米国アンプローブ社(AMPROBE Instruments) から発売されたのは、ファラデーの「電磁誘導の法則」から何と120年も過ぎた1951年のことである。

さらに、我国におけるクランプテスタは1959年、この分野でユニークな活動を続けていた共立電気計器(Kyoritsu Electrical Instruments Company Ltd.) によって実用化された。 当初は磁性材料に良いものがなく、また製品の生産量にも限界があったため本格的な市場導入までには到らなかったが、その後材料の改良や回路技術の進歩にともない、現在のような小型軽量で高性能なクランプテスタへと進化してきた。

今日ではディジタルマルチメータと共に、現場技術者にとって最も馴染みの深い測定器の一つと言っても過言ではない。


最新のクランプメータ(2010年 日置電機製)

最新の海外ンプメータ(左・中:Amprobe製、 右:Fluke製)


初期のクランプテスタ
(Weschler Instruments製)
(2011/6/1掲載)
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