電気計測器 ヒストリカル エピソード

第4話  汎用計測器の原点 テスタ(マルチメータ)の開発
= デジタル化に翻弄された ソアー社の悲劇 =

現場測定器の中でもっともポピュラーなものがテスタと呼ばれている回路計(デジタルの場合はデジタルテスタまたはデジタルマルチメータと呼ばれている)で、技術者なら一度は必ず手にした経験があるだろう。 その用途たるや、電気設備の保守管理や工事現場のプロから一般家庭の電気器具チェックに到るまで極めて幅広い分野に広がっている。

最初のテスタ(AVメータ)

初期のAVOメータ
Automatic Coil Winder社製

テスタという呼称は、回路試験器の英文名「Circuit Tester」がその語源となっているが、海外とくに欧米ではあまり通じない。むしろマルチメータ(Multi Meter)またはアボメータ(AVO Meter)と言った方が通りがよい。


最初のマルチメータは英国の郵便局技師ドナルド・マカジー(Donald Macadie 1890‐1910)によって考案された。 当時、電信回路の保守要員として働いていたマカジーは、作業現場に何台もの計測器を持ち運ばなければならない不便さを感じ、先ず、最も使用頻度の高い電流計と電圧計をコンパクトに纏め、その後、さらに抵抗測定機能を追加した多機能テスタの試作品を完成させた(1923年)。

マカジーはこの試作品と自分のアイデアを当時既に電気器具の試験機メーカーとして知られていたオートマチック・コイルワインダ社(Automatic Coil Winder and Electrical Equipment Co. ) へ持込み、さらなる改良を加えたのち同社より世界初となる商業用アナログ・マルチメータの商品化に成功した。AVOメータ(Amps、Volts、Ohms)の誕生である。


日本では1940年代に入ってから同様商品が国産化されたが、当時の価格は大卒初任給並みと言われるくらい高級品であった。 その後、1960‐1970年代の空前の無線ブームに刺激され、また 心臓部であるメータ特性の改良とも相まって Made in Japan のテスタが世界市場で大活躍した。

初期の国産テスタ各種
三和電気計器(1941年製)
横河電機(1945年製)
日置電機(1950年製)

一方、デジタルテスタはアナログテスタに遅れること約半世紀、1960年代になって米国の大手計測器メーカーであるフルーク社によって初めて商品化された。

当初は主要素であるA-D変換をディスクリート回路で組み上げていたため、外形・重量とも現在の数倍も大きく、主としてデスクトップ用として使用されていた。 しかし、1970年代に入って半導体技術が大幅に進歩し、A-D変換や演算回路が次々とIC化され、デジタルテスタの流れは一挙にハンドヘルド型に移行することとなった。

フルーク社は他に先駆けてテスタ用のカスタムチップを自社開発し、短期間で次々と新製品を発売、瞬く間に世界市場の60%以上のシエアを占めるまでに至った。

米国フルーク社のハンドヘルド型デジタルテスタの進化
左:1973年製オリジナル、 中:ベストセラー77シリーズ  右:2010年製の最新モデル

日本におけるデジタルテスタの歴史も、フルーク社の商品化時期とほぼ時を同じくして横河電機やタケダ理研工業(現エーデーシー社)が開発競争に参入、1973年には横河から当時の小型電卓をイメージしたパルニック7、続いて1976年にはタケダ理研からブック型の本格的ハンドヘルド・マルチメータが誕生した。 以来四半世紀、現在では胸ポケットに入る超薄型のもの、波形観測機能を搭載したもの(ソニー・テクトロニクス社製)、さらにはデータ収集端末としてパソコンとの親和性を強化したもの(三和電気計器製)など、マーケットニーズの変化に対応しながらますます進化を続けている。


左:横河製パルニック7(1973年)
右:波形観測機能搭載のデジタルテスタ(計測器ランドロゴ入り限定モデル)ソニー・テクトロニクス社

ソアー倒産を伝える日経記事
(1988年5月19日付)

さて、話は少々戻るが、デジタルテスタの歴史を語るうえで忘れてはならない出来事がある。 1970年代、当時の計測器メーカーがハンドヘルド型デジタルテスタの開発競争に凌ぎを削っていた時期、長野県の坂城(さかき)という小さな町に「ソアー」というベンチャー企業が誕生した(1974年)。


同社はある半導体メーカーと組んで早くからA-D変換回路のICチップ化に成功、また製造部門を外部に委託するファブレス方式によって上質な製品を低価格で提供するいわゆるソアー式経営スタイルによって瞬く間に急成長を遂げ、最盛期にはフルーク社に次ぐ世界第二のデジタルテスタメーカーと言われるまでになった。

しかし残念なことに、当時急速に進んだ円高の影響をまともに受け、経営の行き詰まりから1988年、ついに倒産に追い込まれてしまった。

その後、同社のDNAを受け継ぐ優秀な人材により数社の新会社が起業されたが、その中で株式会社カスタムという中堅の計測器メーカーが現在でもソアー式ベンチャー文化を継承し、成功していることは大変喜ばしいことである。

同社のデジタルマルチメータ(ハンドヘルド型およびベンチトップ型)

(2011/6/1掲載)
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